母子分離の試練

母子分離の試練

1年間の育休を取っていた娘が間もなく復職する。先週から慣らし保育に入り、初日は母も子も涙と鼻水で大変な状況の2時間の別れであったようだが、だんだん慣れてきて、寂しいながらも双方の覚悟が固まってきた様相だ。

慣らし保育の時間が終わるまでの時間が長かろう、お迎えの時間まで息子のことばかり考えているのでは辛いだろうなと思ったので、待ってる間に読みなさい、と思って本を送った。
「はてしない物語」

待ってる間に読みなさいというつもりだったのに、娘は夢中になって読んでしまい、(昔読んでるはずなのに)アトレーユがかっこいいとかとか逐一報告が送られて来、先ほど、
「花のおば様が枯れた。あふれる愛情が人を変え、正しい望みに向かわせると。涙滂沱」
と、読了のメッセージが来た。
「こんなお話だったっけね?感動した。アトレーユのところはおまけだな、後半の辛いこと辛いこと」
と。

わたしは、といえば、ほとんど忘れてしまっている!
わたしももう一度読まなければ!

デジタルフォトフレーム

デジタルフォトフレーム

 過日、六ヶ所に行った帰りに、平内のKさんの家に寄った。あがっていけと言っていただいたのでおじゃました。90歳になるというお母さまが、息子が(Kさんが)買ってくれたといって、デジタルフォトフレームに写るきれいな景色を見せてくれた。
 ああ、いいなあ~と思ったので、わたしも遠く網走にいる母に送ってあげることにした。アイボウが買いに行ってくれたのだが、ソニーとか大手がもはやこの市場から撤退していて、海外の製品しかないんだよと驚いていた。
 以下が、わたしが書いたトリセツなのだが、今年82歳になる母は、この説明で、デジタルフォトフレームを起動できるだろうか。クロネコで送って、あさって着く。ばあや、できるかなあ。

……………………………

ばあや

これは、きれいなテレビみたいな画面で写真を見ることができる機械です。
デジタルフォトフレーム、といいます。
使い方を教えるので、そのとおりやってみてください。
これが写せたら、千冬の写真をきれいに見ることができます。写真1枚につき5秒写るようになっていて、写真が250枚くらい入っています。30分間、違う写真が次々に写ります。見るのを楽しみに、がんばってください。
また、これができたら、後ろについている黒い四角いマイクロチップを差し替えるだけで、動画も見られるし、わたしがマイクロチップの中に入れた新しい写真も見ることができます。がんばってね。

1、 まず、フレームを立てることができるように、つっかえ棒を、機械の裏側丸いねじ式になっている穴に入れてまわしてとめます。穴の位置にマジックで「ネジ」と書いてあります。
2、 コードをコンセントに差し込みます。(わたしは差したままにして送るけれども、途中で取れていたら、「コード」とマジックで書いてあるところに丸い方を差し込んでください。もう片方をコンセントに差す。
3、 マジックでスイッチと書いてあるボタンを押してください。
4、 左の上の方に「ビデオ」と書かさった青い画面が出ます。
5、 機械の裏にわたしがマジックで「メニュー」と書いたボタン(一番下)を押してください。
6、 「画像」「音楽」「スライドショー」「動画」とか、8コのメニューが出てくるので、「スライドショー」になるまで、わたしがマジックで「右」と書いたところのボタンを押して、黄色い枠を進めてください。
7、 黄色い枠が「スライドショー」になったら、真ん中の、わたしがマジックで真っ黒に塗りつぶしたスタートボタンを押します。

これで、千冬が写ります。写せたかな?

もっとゆっくり見たいとか、この写真で止めたいとかあると思うんだけど、そこまでになると説明が大変なので、たあ兄ちゃんが時間ある時にやってもらってください。

では、がんばってください。
もし、これがやれたら、次から「マイクロチップ」を送ることができます。「マイクロチップ」を差し替えるだけで、千冬だけじゃなくて、わたしが写してきた風景の写真や、そういうのを楽しんでもらうことができる。がんばってください。ばいばい。

あんなに楽しみにしていたのに

あんなに楽しみにしていたのに

 相模原から友人が白神マタギ舎の冬山トレッキングに参加するため弘前に来た。嶽温泉に泊まるというので、Tさんと3人でわたしも嶽温泉に泊まることにして、楽しみで楽しみで、昨日という日をずっと楽しみにしていたのだ。
 彼女を新青森で出迎え、三内丸山をガイド付きで見学し、夜のためにきゃっきゃとお菓子を買い、ごはんの前に温泉に入って、やっとこの日が来た、温泉入ったあ~♪やったあ~♪、ちょっと、夜9時以降は静かにしてくださいと書いてあるよ、騒いではいかん、Nさんは明日トレッキングだよ、夜更かししてはならん、と、きゃっきゃしているうちはよかったのだが、出された夕飯が大量で、残しては申し訳ないと食べすぎてお腹がぱんぱんになり、苦しくて、少し休もうと横になったのが最後、3人とも9時に眠ってしまい、気づいたら朝だった。
 なんという不覚であろう。せっかく温泉に泊まったのに、ほとんど話をしなかった。
 テーブルの上には、封を切っていないりんごジュースとワイン2本とウーロン茶と、豆大福とアップルパイと封を切っていないお菓子が積みあがったまま残された。
 お迎えに来たマタギの方が、お客様であるNさんに、明らかに連れなのにツアーに参加しないので、彼女たちは地元ですか?と我々のことを尋ねた際、Nさんは「あの人達は、寝に来たんです」と紹介していた。

歯医者を変えた

歯医者を変えた

今日、新しい歯医者にアイボウと共に初めて行ったのだった。
自分では新規探索傾向満点という自負があるのだが、その実結構保守的で、買うものも、美容院も何も、同じもの(こと)を繰り返している。このたび歯医者を変えたのも、実は結構決意が要った。まあ、めったに行かないこちらも悪いのだが、行くたびに頭のまわりをぐるっと写すレントゲンを撮られるとかなんだとかで、いったん行くとかなりかかる(わたしは、1回5000円くらいもかかる)とか、あちこちまとめて直すので時間もかかる、というので、ずっと前から負担だなと思いつつ、腕はいいから不具合がでないので、まあ、歯医者というのはこんなものなのかなと考えていたのだが、思い切って、変えてみて、なんかその、歯医者というのはこんなにらくちんで、こんなに安いものなのか!とたまげており、自分の身の丈と暮らしに合う歯医者というのはあるんだなあ、と、アイボウと、しみじみしている。

吹雪

吹雪

わたしは北海道網走市の出身で、子どもの頃は網走市よりもう少し東に位置する知床半島のつけ根のところにある斜里町で過ごした。今は網走も暖冬になって流氷がいつまでも接岸しないと騒ぎになっているが、わたしが子どもの頃はとても寒くて、大寒の頃といえば-20度とかは普通だった。冷蔵庫とは、凍ってはいけないものを入れるものだという意識がわたしにもあった。

父は、毎年雪が来る前に、教員住宅の窓を、防寒のために外からビニールで目貼りした。吹雪になると、朝、雪のために玄関の戸を開けられず、細く開けた戸から少しずつ雪をかいて外に出た。家の前の吹き溜まりは電線の高さに及び、危ないから吹き溜まりに登るなよ、と父に注意されたという記憶がある。

わたしが経験した最も激しい吹雪は、3年くらい前にアイボウに連れていってもらった岩木山で、嶽ルートを登って8合目ターミナルでテントを張ったのだが、折しも、最大の寒波が到来したさなかであった。テントを張るためにオーバーミトンを脱いだら指が凍傷になりそうで必死にマッサージしたり、テントの中が凍り、吊るしておいたメガネまで凍り、翌朝、嶽のリフトの終点まで行ってみようというので、リフトのロープがかろうじて見えるのに沿って登り、(そこを外れたら戻れない感あり)リフトの終点まで行ったのだが、そこでの吹雪は、もはや肌を刺すようであり、一寸先は真っ白であり、右も左もわからず、隣にいるはずのアイボウの背中すら見えず、8合目ターミナルでは、えらく寒いなと思っただけだったが9合目までわずか標高100m登っただけなのに、9合目では、これはひどい、大変な吹雪だ、これは死ぬのではないかと本当に思ったのである。

あの吹雪を実体験すると、大概の吹雪はたいしたことに思えなくなっていた、ということに加え、3年ほど前、娘のところで今日の東京のように積雪10㎝、青森県人からみればなにこれフケ?みたいな雪で松本は交通マヒを起こし、電車は止まり車も出せず、もうどうにもならんという電話連絡を受けた時、また、なにこれフケ?みたいな雪で、娘の夫君から、大雪だ、大変だ、気をつけて帰ってきなさいというメッセージを娘が受けた時、松本には除雪車もないし、融雪設備もないし、それはもうどうにもならんだろう、辰野も、普段雪が降らないのであるから、長靴くらいの積雪でこれほど仰天するのであろう、と頭では考えながらも、心では、なにそれ、たったこれしきの雪でマヒしてどうするの、こんな雪は長靴で蹴散らかす程度のものだよという、湧き上がる優越感をどうすることもできないのであった。
プロフィール

miurakyoko

Author:miurakyoko
北海道に18年、青森県に34年住みました。北国の暮らしの中であったことや考えたことを写真とともに書いていきます。

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