アイボウの探し物

アイボウの探し物

我がアイボウは、よく物を探す。
今朝も、BLのプロジェクターがないと騒ぎ、あと50分で試写会をやらなきゃということでは、わたしまで巻き込まれて探したのだが、結局、どこから出たのかというと、いつも置いてある場所から出た。つまり、彼には見えていないのだ。

それに、アイボウはよく冷蔵庫を開けて、バターがないとかいうのだが、はあ?こないだ買ったべ~とわたしが見ると、目の前にあるのである。ほれ、と出して見せると、まるで魔法でも見るみたいな顔でわたしを見るのである。

ずっと前、どこかで読んだ話だが、男性は、そもそも狩りの能力として動いている物を見る力には秀でているが、静止している物には気がつかないという傾向があるらしいのだが、そういう意味では、BLプロジェクターやバターやスマホは、静止しているから悪いのであって、バターが走り回っていれば、アイボウにもよく見えるのだ。

デーリー東北はがんばってる

デーリー東北はがんばってる

青森県政を考える会の資料収集のため、今月からデーリー東北を購読することにした。津軽には配達網がないとのことで、郵送料がかかり、月額¥4400とちょっと高めだが。
昨日、ほぼ1ヶ月分をまとめて切ったが、これはとっておこうかなと思う記事のあることあること、特に原発関連、三沢関連の記事は丁寧だ。最近は、載る載らないを通りこし、特に解説をつけないと記事そのままでは不都合だというレベルに達してしまっている東奥日報とのこの違いに、アゼンとしてしまった。
県内で反核平和運動をしている人は、デーリーは必読だと思った。東奥日報とのこの姿勢の違いが、(というほどでもなく、デーリーが常識的なだけだというくらいのことではあるが)先の参院選の八戸の票にあらわれたのではないのか。

三沢基地航空祭を初めて見た

三沢航空祭を初めて見た

アイボウは平和委員会の役員歴が長くて、もう飽きて、全然行きたがらないし、そもそも、毎年この時期は自転車大会とかぶる。1度くらいは基地の中を見たいと思いながら、もう10年くらい経ったのではないだろうか。アイボウの出張と、たまたま空いた日程で、見ることが叶った。
一緒に行ったKさんと、三沢駅に降りるや、のっけから反対方向に歩き出したのを皮切りに、歩きに歩いた半日だった。

米軍の、これ見よがしな自慢傲慢無神経航空ショーを見て、何がおもしろいのかと言われそうだが、1度は見たかった。

以下、実況中継
これはショーなのだ、花火と同じだ、軍事行動じゃないのだ、あんなけむ出して飛んでたらすぐ落とされるじゃん、そんなの当たり前だ、パイロットよく気絶しないな、垂直に飛んだぞ、すごい人だな、あの行列、絶対並びたくないな、いや、ビールのためなら並んでいいよ、一体ミサイルに危機感持ってるのか持ってないのかどっちなんだ、みんな何を考えているのか、我々は何を考えているんだ、我々はいいんだ、はあ?基地広いなあ、こんな広い場所青森にあったかなあ、なんだオスプレイないのか、なんだグローバルホークないのか、オスプレイ飛ばしてみせろこのやろー、もうだめだ、暑い、ビールだ、いや飲んでいる場合ではない、ぎょえーピザでっけー!

https://www.facebook.com/kyoko.miura.33/videos/1235036909941806/

突然、米原万里を思い出した件

突然、米原万里を思い出した件

昨日、田沢湖一周センチュリーランだった。前泊して準備していたのだが、スタート直前、突然S先生の前タイヤが、出走のピストル音かと思うほど派手な音をたててバーストした。
予備チューブと取り換えたが、タイヤを廻した途端、またバーストした。(タイヤが割れたところからチューブがはみ出し、もはや応急措置ではどうにもならないということが判明)
第一バイオリンの弦が切れたのであるから、咄嗟に楽器リレーしなければ、と思ってわたしの前タイヤを譲った。
それで、急にサポートカーになったので、一挙にだらけて、田沢湖で遊び、角館で遊び、ちんたらと一緒に行ったチームの人の写真を撮ったりしていたのだが、スタートを手間取ったので遅れたアイボウが、その後なかなか力走し7番手で潟野の分岐に現れたのを「がんばれえ~~!」と激励し、見送り、後ろ姿を見て愕然となった。
自転車選手というのは、最もよく目立つのは尻なのだ。プロの選手も、尻(腰の位置)に、でかでかとスポンサー名を入れている。胸は、優勝して両手を上げたときじゃないと見えないし、背中も、レース中はそれほど映らない。尻なのだ。尻、尻。
そして、自転車というのは、太ももと尻が異様に発達するスポーツで、自転車レースをよく見る人の多くは、選手の顔ではなくて尻を見ているだろうとわたしは思う。
そして、話はそのアイボウの尻なのだが、2ヶ月の欧州ツーリングでウエアがすっかり擦り切れて、薄くなってしまっていた。自転車に乗って前傾したところを見ていないので、気がつかなかった。しかも、なんというか、♡型に擦り切れて、♡型に躍動する筋肉が丸見え。これはこういうデザインなのか?と思うほど、尻の形にくっきりと擦り切れ。。。。
非常に、やばい状態なのだが、本人は全然気がついていなかった。

そこで、わたしは突然、米原万里のエッセイで、謹厳実直、威厳のかたまりのようなロシアの陸軍大臣の通訳をしたとき、その大臣の名前が「シリミエタ同志」だと分かった途端、笑ってしまって通訳不能に陥った、と書いていた一説を思い出したのだった。

熱中症で救急搬送されてしまった話

熱中症で救急搬送されてしまった話

日本バイシクルクラシック矢島カップは、日本3大ヒルクライム大会のひとつで、1000人以上の参加者がある。矢島の駅の裏にある公園にキャンプ村ができ、花火があがり、翌朝1000人も鳥海山にクライムする。
我がアイボーは、もう10年以上連続出場しているので、わたしにとって矢島キャンプは、もう年中行事なのだ。

一昨日と昨日、毎年楽しみにしている矢島キャンプ、ヒルクライムだったのだが、わたしはなんと、熱中症で救急搬送されてしまった。
朝、必ず水を飲んでコーヒーを飲むというのをやらなかったとか、昼飯を抜いたとか、夕方、なんか体調悪いなと思いながら、今、お水を飲んだらビールがまずくなると思って飲まなかったのだとか、飲み始めてからビールも水分だとか思ってくーくー飲んでたとかいう話は恥ずかしいので書かないが、眠ったのか気絶したのか自分でわからない、まずい、吐きたい、と思って立ち上がり、途中、何度か転びながらトイレに行ったあたりまでははっきり覚えているが、猛烈な嘔吐と下痢で立てなくなったあたりからわからない。吐く、と思って、吐瀉物を散らかさないように、下足棚の袋をどうやって取ったのか記憶がない。

Tさんが探しに来てくれて、「きょうこさん、だいじょうぶ?」と呼びかけられて、トイレの扉は、自分で開けた記憶がある。「きょうこさん、救急車呼ぼうか?」と聞かれ、(Tさんは、ご自身でも熱中症になったことがあり、ここまできたら病院に行かないと、夜中じゅう吐くだけだと判断がついたそうである)ぴーぷー音を鳴らさないで来てもらえないか頼んでくれと言った記憶がある。ぶったまげているアイボーに、明日がんばってねとか言った記憶がある。救急車の中で、わたしとの関係を書類に書かされたTさんが「友人です」とか言っているのを聞いて、心の友と書いてくれと言った記憶がある。消防隊員の人に、税金をこんなことに使わせて申しわけないとか言った記憶がある。

そして救急車は、24kmも離れた由利本庄市まで行ってしまった。救急隊員の人が、由利本庄の病院に行くとわたしに言ったらしいが記憶にない。人の話を聞いてないのに、すみませんご迷惑をおかけして、を連発し、Tさんに、もう大丈夫だから安心しておとなしく寝るよう諭される。救急隊員の人が、意識あるとか生命反応がどうだとか騒いでいて、わたしは全然大丈夫で、恥ずかしくて死にそうだ、と考えている。救急車はえらく揺れる。こんなに揺れるのでは、脳出血で運ばれたらおしまいだと考えた記憶がある。齢51にして、人生初の救急車なので、もっとなかの様子を見たいなあと思いながら気絶。

ERに搬入されて、看護婦さんの止めるのも聞かず、トイレに行きたいと立ち上がり、トイレに入った途端、嘔吐と下痢で再び立てず。看護婦さんがドアの外から「タケナミさーん、大丈夫?大丈夫じゃないよね?」と言っているのが聞こえた記憶あり。「タケウチさん、大丈夫ですか?」と呼びかけられたとき、タケウチではありませんが、わたしのことでしょうか?と応答した記憶あり。リンゲル液の点滴が始まったら寝てしまった。若い医師が、胃腸炎だとか説明していたそうだが、あまり記憶なし。人の話は聞かないくせに、一緒に来てくれた人に毛布を貸してあげてと言った記憶あり。

そしてその若い医者が、本当は2つか3つ点滴した方がいいと思うが、そうするなら入院した方がいいというので、着の身着のままで由利本庄になんて置いて行かれたらどうするば、と思って、ひとつでいいと返答。真夜中に放免される。
Tさんは、キャンプに戻るのでは大変だというのでホテルを探してくれたそうなのだが、真夜中過ぎて当日の予約ができるホテルはなかった(それはそうだ)そうである。わたしは、難民は皆テントに戻るしかないのだ、わたしもキャンプに帰ると言った記憶が、うろうろなれど残っている。由利本庄から矢島までタクシーに乗ったら1万円もかかった。タクシー代を払ったかどうか記憶がなくなり、翌日、Tさんに、わたしタクシー代を払いましたでしょうかとおそるおそる聞いてしまった。タクシーを降りたら満天の星空だった。天の川がくっきりと見え、星がひとつひとつ数えられそうだった。本当に美しかった。「大草原の小さな家」で、大きな損失には小さな得がつきものなのさ、とローラの父が話す場面があったが、突然それを思い出した。

翌朝、わたしとTさんが隣のテントから這い出したら、我々は病院にいるものだと思っていたアイボーとM先生がぶったまげていた。
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